認知症の診断には実践的な定義が必要です
認知症の概要で述べたように、認知症は一部の脳機能が正常に働かなくなり、記憶や思考に影響が表れた状態です。しかし、これはどちらかと言えば概念的な定義であり、医学も含めて科学の分野では、より操作的・実践的な定義が必要になります。診断の際に用いられているのは
DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)に基づく基準です。DSM-IVとDSM-V(2013年出版)では認知症の定義に違いがあるので、本項ではその点について触れます。
認知症の基準は医療の進歩と共に変わってきています
現在、認知症の基準として最も現場で使われていると思われるのは、1994年に発表された
DSM-IVの基準です。DSM-IVを含むこれまでのほぼ全ての診断基準では、記憶障害ともう1つ別の認知機能障害の2つ以上の障害がある状態を認知症と定義してきました。一方、
DSM-Vでは1つ以上の領域の認知機能障害があることを重視するように定義が変更されました。これは、早期診断技術の進歩に対応したものであり、認知症の早期発見・進行抑制へと向かう治療の変化を捉えたものです。
DSM-IVでは記憶障害ともう1つ別の領域の認知機能障害があることが基準です
DSM-IVの診断基準は、
記憶障害に加えて
もう1つ(以上)の別の領域の認知機能障害があることを必須条件としています。記憶障害以外の認知機能障害としては、失語・失行・失認・実行機能の障害を挙げています。簡単に述べると、失語は言語の障害、失行は動作を遂行する能力の障害(運動機能には問題ない場合)、失認は対象を認識・同定できない障害(感覚機能には問題ない場合)、実行機能の障害は計画を立てたり、抽象化したりする前頭葉機能の障害です。
DSM-Vでは1つ以上の領域の認知機能障害があることが基準です
DSM-Vの診断基準は、
1つ以上の領域の認知機能障害があることを必須条件としています。認知機能障害の具体例としては、複雑性注意・実行機能・学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知を挙げています。複雑性注意は、複数の外的刺激があるなかで注意力が維持できなくなることを指します。例えば複雑性注意の障害があると、テレビを見ながら会話できなくなったりします。知覚-運動の障害があると、以前からしている慣れた活動が困難になります。社会的認知の障害があると、社会的基準に対して無神経になります。
DSM-Vでは認知症と軽度認知障害の違いは自立できるかどうかのみです
軽度認知障害(MCI)にあたる概念として、DSM-Vでは
Mild Neurocognitive Disorderが規定されています。そして、認知症とMIC / Mild Neurocognitive Disorderの違いは、認知障害が自立を阻害するかどうかという点のみで区別されています。自立できているかどうかは、
日常生活動作(ADL)に援助を必要とするかどうかであり、認知機能障害が実生活に与える影響によって認知症かMIC / Mild Neurocognitive Disorderかが定義されていると言えます。
中枢神経系疾患・せん妄・うつ状態などの除外診断を行う必要があります
認知症と同様に脳機能障害を示す病気はたくさんあります。そこで、これらと認知症を区別する必要性があり、そのことが診断基準に盛り込まれています。除外診断の対象として、パーキンソン病などの中枢神経系疾患、甲状腺機能低下症などの全身性疾患、物質誘発性、さらにせん妄やうつ状態が挙げられています。また、正常な老化との鑑別も必要です。具体的な鑑別のポイントなどについては別の項で取り上げます。